ノスタルジック小学校 -3ページ目

間違いだよね?

ずい分ご無沙汰してしまいました。
ゴールデン・ウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか。

我が家は今回のG・W中はすべて近場におりました。
それもご近所のお宅を順番に回って
バーベキュー三昧の日々。
そしていつものように肝臓を酷使してしまいました。

中日あたりに毎年恒例の海遊びをしたんだけど
それは後日書こうかな。

今日は同じく中日あたりに開かれた、
小高い丘チームの春季大会の話。

**********************

新中1の子どもたちが卒団してしまうと
実は新6年生がひとりもいない状態になってしまった丘チーム。
現在、
チームを引っぱっていっているのは新5年生なのだ。
そのなかにはうちの次女も入っているんだけど。

5年生中心だと
もちろん初めから大会で上位入賞なんて狙えないから
今年いっぱいと
みんなが6年生になる来年の2年間をじっくり費やして
強いチームにしていくつもりだと監督は言っている。
だから今年度は登録もBクラスだ。

初めての大会は、市をまたいでの地区大会だ。
トーナメント方式だし
さくっと負けてとっとと帰れるかなぁなんて
不謹慎にも大人たちは全員思っていた。

ところが。

1回戦も2回戦もストレートで勝っちゃいました。
こうなると期待も膨らんでくるというもの。
続く3回戦も難なく勝ち進みついに決勝。
相手は隣の市内ではけっこう有名なチーム。
まさかねぇ、勝つわけがないよねぇ、と顔を見合わせる私たち。

――優勝してしまいました。
――そう、間違って。

頭を抱えたのは監督だった。
何しろ2年計画がしょっぱなから覆されたんだからね。
こんなはずじゃあなかったのに・・・(笑)。

もちろん
こんなところで子どもたちを天狗にさせるわけにはいきません。

これからなおいっそう厳しい練習の日々が待っているのです。

だから急遽、登録はAクラスに変更決定。
・・・勝ち逃げというやつですね(笑)。

そんなわけで
これからは1回戦負けが続くんだろうけど、
気長に待っているから、じっくり時間をかけて強くなっていってちょうだいな。


←みんなに監督から配られた
  カラーコピーの賞状。

オクラの思い出

オクラが嫌いだ。

いきなりすみません。

私はどうしてもオクラを食べることができない。
どっちかというと好き嫌いはない方なんだけど、
オクラだけは別である。あれはちょっと箸を出す気になれない。

ところで
好き嫌いがないというのは
嫌いな食物がない、というだけじゃなくて
特別に好んで食べたいほどの食物もない、というのが正しいんじゃないだろうか
なんて屁理屈をこねてみる。
だって
「僕は好き嫌いがないんです」
と威張って言ったりするわりには
「この胡麻入り豆腐あんかけナポリ風だけには目がなくってねぇ」
なんて事を同じ人にさらっと言われてしまうと
あんた好きも嫌いもないんじゃないのかい、
心の中で突っ込みをいれてしまいたくなる。
もちろん心の中でです。口には出しません。小心者だから。

小学4年生だったかな。
夏が始まる頃に、母親が庭の畑にオクラの苗を一株植えた。

オクラを育てたことがある方にはお分かりでしょうけど
あやつは誠に丈夫で育てやすく、
放ったらかしておいたって勝手にどんどん花をつける。
陽射しが強まるにつれてたった一株だった苗は
みるみる葉をつけ立派に生長し、次から次へと新しい花を咲かせて
毎日毎日まいにち
何本も何本もなんぼんもの見事なオクラを実らせることになったのだ。

そんなふうにして
うちの畑の土に異様にマッチしてしまったそのオクラなんだけど
園芸好きな母のこと
きゅっと水道の元栓を閉めるような気軽な感じで
元気いっぱい無邪気に育つオクラ様を引っこ抜くわけにもいかず、
はじめのうちは
笑顔でご近所さんにおすそ分けをしていたけれど、
そのうちあまりにもそればっかりになっちゃったものだから
配るのが憚られるようになったんだろうな。
その気持ちも分かるけど。
その後に実ったものはすべて、
自分の家の台所で処理せざるを得なくなったわけだ。

今みたいに
料理のレシピ本や料理番組なんかも盛んじゃなかった頃です。

あの夏の我が家の食卓では
刻まれておかかと醤油をまぶされたオクラが
したり顔をして
来る日も来る日も私のことを待ち受けていた。

――ひと夏で一生ぶん食べました。

だから今も、私はオクラだけはちょっと食べることができないのだ。


余談だけど
恐ろしいことに
それとまったく同じことが
翌年、貝割れ大根でも繰り返されることになっちゃんたんだよな。

本を読みますか?

先日の休日あたりの話ですが
駅前にある、とある大型小売店に買い物に出かけた。

いわゆる
サ○ィーとかジャ○コとかああいう店舗ですね。

実は
長女とその友だちを車に乗せて出かけて
1時間ほど彼女たちと別行動をすることになったのです。

あなたなら
その1時間の間に何をしますか?

**************

昔からそういう時間ができたら
本屋さんに立ち寄ることが多いのです。

だからその日も同じように
大型小売店舗内のテナント本屋さんに足を運んだ。

でも。

絵本を中心とした児童書コーナーと雑誌売り場とで
大半のスペースが塞がれていた。
百ます計算書とか大人のための塗絵とかそういうの。

小説売り場は
私の目の高さの書棚がひとつだけ。
それの両面に単行本と文庫本が飾られていて
あちこち探したけれど
他には実用書やなにやらが見られるばかりだった。

思い切り肩すかしを喰らった感じで
でもどっちかというと呆れながら店舗を後にしたけれど

あなたにとって、本とは何ですか?

私はやっぱり面白い物語をたくさん読みたいです。

色とりどりの背表紙に囲まれて
未知なる世界に導くタイトルを
ひとつひとつじっくりと吟味していきたいです。

**************

こんな本屋はいやだなと思った週末。





新学期に担任について考える


新学期になり、
クラスや担任が変わってしばらく経ちましたね。
みなさんはいかがお過ごしですか。

そういえば我が家では
今年から2年間というもの
中学生と小学生と幼稚園児がひとりずつになって、なんだか慌しい。
3年後は高校生と中学生と小学生になってしまうんだけど
まあそれは
実際にそうなってから慌てることにして、
私は
もともと複数のことを同時にこなせるタイプじゃないので
これから行事やらなにやらを
すべて把握できるかどうかちょっと不安である。
いやできないだろうな。まいったな。

ところで
中1の長女の担任は、家庭科の先生だ。
おっとりとして優しそうだけど、
ご自身にも中学生のお子さんがおありだそうで
たまにはビシッと決めていただけるとありがたいかなと思う。
起こった姿がちょっと想像しにくい先生なんだよね。

小5の次女の担任は、社会科の先生。
もちろん小学校だから全教科を受け持ってくれるんだけど
専門は社会科なんだそうだ。
はじめにあと数年で退職ということを聞いて、
いったいどんなおばあちゃん先生かと思いきや
どうしてどうして。
これまでに見たこともないくらいパワフルな女性だ。
小柄で身のこなしは鋭く、声が大きくてやや関西の訛りがある。

*******************

私が高校生だった時の、社会科担当の先生を思い出した。
偶然にも
同じように小柄な女性の先生で、声が大きくてパワフルだった。
関西の訛りこそなかったけれど
ふとその先生のことを思い出した。

世の中の仕組みなんて何も知らない高校生の私たちに
必死で世界の矛盾を説いてくれた。
自分たちから
半径数キロメートルくらいしか明らかじゃなかった世界が
ぱあっと霧が晴れたみたいに広がったような気がした。
むさぼるように新聞を読んだっけな。

あの頃から
世界がどう変わったのか
あるいは変わらなかったのか
変わらないのは何故なのか
今も時折考える。
私の手に負える問題じゃなさそうではあるけれど、
たしかにその先生からは
この世界における
ある種の捉え方のようなものを学んだと思う。
私の中のものさしのひとつになった。

*******************

次女はまだ小学生だけど
彼女なりに
新しい世界観を広げてくれるといいなと思う。

遭遇

末姫は園バスに乗って帰って来る。

ちょうど夫が休みだったので
車に乗って買い物に出かけた。

降園の時間が近付いてきたので
急いで家に向かって車を走らせていたら、
園を出たバスと偶然にもすれ違った。

末姫は一番前の席に乗っている。

すれ違いざまに
夫と私はバスに向かって一生懸命に手を振った。
一瞬だったけど、末姫は気付いた表情をした。

数十分後、
お迎え地点に先に着いて待っていると、末姫の園バスが到着した。

バスを下りての帰路。
「ママ、さっきね、
 パパと さっちゃんちのママ がね
 一緒にパパの車に乗ってたんだよ!
 お手々振ってくれたの!」


さっちゃんちのママ?

いやそれ、間違いなく私だってば。

まあ雰囲気は似てるかもしれないけどさー
他の人にもよく言われるし。
だけど自分の母親を間違えないでよね。

ん?

あのさ、
園バスの中で、そのこと言った?


「うん、先生に教えてあげたよ!」

パパと、さっちゃんのママが車に乗ってるって?

「うん、うちの車に乗ってるよって!」

********************

――えーっと。

――なんか困ったなぁ。





早いものです

今日
アメブロからメールが来たので何かと思ったら、
ちょうど
1年前のこの日からブログを始めていたんだった。
お知らせメールなんてのを送るとは
アメブロもなかなかやりますね。
他のブログサイトはどうだか知らないけれど。

早いものです。

みなさまのご訪問や
いただくコメントに支えられて
細々ではありますが、やっております。
最近更新遅いけど(泣)。

これからも
どうぞよろしくお願いします♪

子どもの頃の買い物事情


先日のこと。
夫と、家からちょっと離れた道路を走っていたら
民家の間に
いわゆる古めかしい時計店がぽつんとあった。
間口も狭いし奥行きもないような店だったから
こんなところで商売して(えらく失礼だけど)
やっていけているのが不思議だねーなんていう会話になった。
でも
そういえば昔は
腕時計が動かなくなったりしたら、こんなお店に持って行ってたよなー
なんて夫が言った。
そうだよね。
時計店も電気屋さんも魚屋さんも文房具屋さんも本屋さんも
どれも個人経営店で、すぐ家の近くにあった気がする。
今はもうみんな、チェーン店化した店舗とか
大型小売店の中のテナントを頼りにするようになっちゃいましたね。
全国どこに行っても同じ看板の店を目にするっていうのは
なんというか、ちっとも面白味がないようにも思うけどね。

*******************

子どもの頃
近くの駄菓子屋とか商店に、お小遣いを持っておやつを買いに行っていた。

うちは禁止だったんだけど
たまにツケでもっておやつを買う子がいた。

お小遣いを持たずにお店に入り、
友だちと一緒に適当なお菓子を選ぶと
私たちは30円とか50円とかをおばちゃんに払うんだけど
その子は
「えっとタナカですけど、ツケといてください」
とか言うの。

そうするとおばちゃんは
はいはい、タナカのケンちゃんね。
なんて言いながら手垢の付いた帳面を出して
なにやら鉛筆を舐めなめ、日付と商品名と値段を(たぶん)書き込んでいくんだよね。

これが一度やってみたくてね(笑)。

「ツケで・・・」っていうのがなんだかカッコよく思えて仕方がなかった。
母親にツケでおやつを買いたいなんて頼むんだけど絶対に許してくれない。

たしか小学校2年生くらいのことだったと思う。
母親が遠い親戚のおばさんと出かけなきゃならなくなった。
そこは母子家庭で、中学生くらいのお姉ちゃんがいたんだけど
そのお姉ちゃんの家で、
ふたりで夕方まで留守番をすることになった。

お昼頃になると
「はおちゃん、サンドイッチでも作ろうか」
と言って、お姉ちゃんがパンとハムと卵ときゅうりなんかを用意し始めた。

「あ、マヨネーズがないなー。困ったなー。
 ・・・そうだ、はおちゃん。
 そこの角を曲がったらお店があるからおつかいしてきてくれない?
 うちの名前を言って、ツケでいいから。


チャンス到来!

夢にまで見たツケでの買い物が出来る!

喜んで、言われたとおりに小さな個人商店に走った。

迷わずマヨネーズを手に取り、お店のおばちゃんに向かって
「えっと、そこのカネコですけどツケでお願いします!」
満足げにもそう言って、きちんと帳面に書いてもらい、お姉ちゃんちに戻った。

家に入ったとたん、
マヨネーズをひと目見たお姉ちゃんが目を丸くした。
「はおちゃん!
 どうしてこんなに大きいの買ってきたのよ!
 うちはふたり暮らしだから小さいので十分なのに!」


ツケで買うという行為のうれしさに比例したのか、
思わず特大サイズを選んでしまったのだ。

月末に
おばさんがまとめて支払う仕組みを実はよく知らなかった。

結局その大きなマヨネーズは
夕方になってうちの母親が引き取ることになった。

ちょっとよそ行きの洋服を着た母と
マヨネーズをぶら下げて
ふたりして
暗くなってから我が家に辿り着いたことを今でもよく覚えている。

エール


よその家庭のことは他人には分からない。
ましてや
その夫婦の間のこととなると、とうてい窺い知ることはできない。

もちろんこれは一般論だ。

*******************

近所に住んでいたある夫婦には、よちよちと歩き始めたばかりの小さな男の子がいた。

旦那さんは眉毛の濃い男らしい人で、奥さんは品がよく優しそうな人だった。

ご近所さんだから
会えばしばらく立ち話をし、急な雨が降れば声を掛け合う仲だった。
奥さんとは育児の話もよくした。
いろいろとこぼしていたけれど、
初めてのお子さんだし、
ふたりの間に不安そうなことがあっても
大丈夫だよ、と
あまり深く考えてあげることはしなかったかもしれない。
そのうちに。 時間がたてば。
ありきたりな言葉を並べていたかもしれない。

去年の今ごろ
突然、奥さんが小さな男の子を連れていなくなった。

夫婦喧嘩くらいはどこにでもあることだから
そのうち帰ってくるだろうと思っていた。

春が終わり梅雨が来て去り、夏が始まっても旦那さんはずっと一人だった。
淋しそうではあったけれど
なんとなく立ち入ったことも聞けずに
秋が来て去って行った。

共通の知り合いの人から
ふたりが正式に離婚をしたのだと告げられたのは、年が明けてすぐのことだった。
理由は聞かなかった。
そんなの知人を介して聞くべき事柄じゃないだろうと思ったから。
あんなこともこぼしていたな。
こんなことにも悩んでいた。
胸がつっかえるような気持ちになったのは、私が聞く耳を持たなかったせいだろうか。

つい先日、
とうとうその旦那さんも引っ越して行くことになった。
ひとりで住むには広すぎる家だし、
どうせなら会社の近くに住むつもりなんです
と彼は言った。

引越しのときに
一年ぶりに奥さんと男の子に会うことができた。
数人の女友達と共に
既に少なくなった彼女の荷物を引き取りに来ていたようだった。
よちよち歩きだった男の子はしっかり歩くようになり、
とても上手におしゃべりをするようになっていた。
一年前と比べると
奥さんとその男の子には
以前よりも強い、しっかりとした絆が感じられた。

ほんの十数分ほど話をすると、
彼女は 「また改めて伺うからね」 と言い残し
引越しで散らかった部屋の中に戻って行った。

*******************

今日、
手紙が届いた。

彼女らしい、丁寧な字で書かれた文章には
お目にかかることなくお別れする失礼をお許しください、と書かれてあった。
そちらで生活していた時には親切にしていただき、ありがとうございました。
また迷惑もかけてしまったことをお詫びします
、という言葉も。

迷惑なんてちっともかかっていない。
むしろ気の利かない隣人で申し訳なかった。
きっと
たくさん悩んでたくさん傷ついて、たった一人で結果を出したんだろうな。
私の方こそ
もっと親切な言葉をかけてあげればよかった。
もう一歩踏み込んであげればよかった。
ありきたりな受け答えだけじゃなくて、
彼女たちのためにもっとしてあげられることがあったかもしれないのに。

差出の住所には、引っ越す前の、すぐ近所の住所が書かれてあった。
だから
以前やりとりしていた携帯メールに手紙の返事を送ってみたけれど
とうにアドレスを変えてしまっているみたいで、届かなかった。

彼女がこのブログを見ることはおそらくないだろう。
だからここに書くことはきっと無意味に違いない。

でも
どうか身体に気をつけて。
あなたの小さな男の子と一緒に
これからも幸せな日々を送ってくださいと
そう願わずにいられない。

あなたたちふたりを応援しています。 


春の草花


つくしのことを書いたら、春の草花についていろいろ思い出してしまった。

私は瀬戸内海ににゅっと突き出た半島で育った。
そこは目の前は海、後ろを向けば山という
遊ぶのにはもってこいの場所だったんだよね。
昨日は海に行ったから今日は山で遊ぼう!みたいなノリで
毎日飽きもせず、友だちと何かをして遊んだもんだ。

山には小さい田んぼがたくさん棚田になっていて
そこを縫うようにあぜ道が走っていた。
今の季節だと
たしかサイタナとかハイタナとかいう植物が生えていて
短くて太いのを節のところでぽきんと折っては
まわりの皮を剥いで齧っていた。
スイスイバの葉っぱもよく齧った。
カタバミのピンク色をした花を摘んでは、細い茎を齧った記憶もある。
そういえばこの三つはどれも酸っぱい。

レンゲの花の蜜や
山ツツジの花の蜜もよく吸った。
こちらは甘いほう。
学校の花壇のサルビアの蜜も吸ってたな。
たまに
花についていたアリまで口に入っちゃったりしてね。
大慌てで吐き出したりして。

そんなのって
特別おいしいものではないと思うんだけど、
どういうわけで草花なんて齧ったりしてたんだろうね。
そんなにお腹がすいていたわけでもないだろうに(笑)。

今は
神奈川の海沿いに住んでいて、環境がちょっとだけ違うから
この季節は実を言うとちょっとだけ淋しかったりもするんだけど
つい先日のこと
近所でもめずらしい小さな畑があって
その脇に生えていたペンペン草のまわりに
小学校1年生くらいの男の子達が群がっていた。

そうそう、こうやってよく道草食ったなぁと
なんとなく牧歌的な気分になってしまった。

そういえば昔は
あちこちに手を伸ばして手折れる草花が
今よりもたくさんあったんだよな。

つくし

つくしの中に含まれる、ある成分が花粉症に効くということですね。

そう思ったら近ごろちょくちょく目につくようになった。
子どもの頃はわざわざ探さなくても
春になればそこかしこに生えていたような気がするのだけれど、
最近は
つくし自体が減っているのか、それとも自分が気付かないだけなのか
そういえば滅多に目にしなくなっていた。
つくしの親ともいうべきスギナは、かなり生命力の強い植物だから
目にしなくなった理由としてはきっと後者なんだろうな。

花粉症に効くということで
つくしのエキスが入った飴サプリメントが発売されるらしいけれど
じゃあみなさんそこいらのつくしを摘んで食べちゃいましょうと
そういうふうにいかないところが現代ぽいですね。

でもまあ
全国の花粉症の人たちがこぞって野山に出かけて
一斉につくしを刈り始めると、それはそれで大変なことになるだろう。
いくらスギナが生命力の強い植物だといっても、すぐに絶滅の危機かもしれない。
春の草花の種類がひとつなくなってしまうのは
やはり日本人としてはかなり残念なことなんじゃないかと思う。
とはいえ
防塵マスクゴーグル頬かむりかなんかの重装備で
各地で人々が
一生懸命につくし狩りをしている光景というのもちょっと見てみたい気はする。
それはそれでジャパンチックだ。
ひとつの風物詩になっちゃったりするかもしれない。
AP通信やロイターあたりで世界に報道されそうだよね。

――なんて
私は今のところスギ花粉のアレルギーがないものですから
こんなに気楽に考えちゃうけど
この時期
重症のスギ花粉アレルギーの人たちは
毎日たいへんな思いをされているんでしょうね。
花粉の季節はあと少し続くようですから
どうかお大事にお過ごしくださいね。